Robert Frippに断られた人、歴代メンバーで悔しい思いをした人

King CrimsonのリーダーRobert Frippですが、King Crimsonや独自ユニットのメンバー人選の際にオーディションを行います。Robert Frippに断られた人、また歴代King Crimsonメンバーで悔しい思いをした人、損をした人をまとめてみました。

オーディションでRobert Frippに断られた人

・Elton John

King CrimsonGreg Lake脱退後に事務所から次のVocalElton Johnを推薦しましたが、彼のレコードを一聴しただけでRobert Frippは却下しました。

・Bryan Ferry

同じくGreg Lake脱退後にKing CrimsonVocalオーディションを受けました。King Crimsonには相応しく無いが、非常にいいVocalだったためにBraian Enoに紹介してRoxy Musicを結成します。その縁もあり、King Crimsonの所属する事務所、EGに所属しました。

・Jeff Berlin

新バンドDiscipline (後の80年代King Crimson)のベーシストがなかなか決まりませんでした。Bass奏者としてオーディションに参加します。Jeff Berlinの後にTony Levinがオーディションに参加しTony Levinが正式メンバーになりました。

・Michael Giles

Sylvian & FrippDrumオーディションに参加しました。スタイルが違うと断られました。本当にそれだけだったのかが疑問です。

・Jerry Marotta

90年代のKing CrimsonDrumの人選は難航しました。Jerry Marottaもオーディションに参加しますが、非常にいいDrumだけど、あなたのDrumKing Crimsonでは無いと断られてしまいます。

・Theo Travis

現行King Crimson、2度目のBill Rieflinの休養により、サポートKeyboardとしてリハーサルを行いましたが、頓挫してしまい断られてしまいます。

悔しい思いをした人、損をした人

・Ian McDonald

Robert FrippKing Crimson脱退後に全く声をかけない人物。Epitaph (1997)発売の際にオリジナルメンバーで集まっただけで、特にその後も声をかけていません。ただ、Red (1974)にはゲスト参加していて、Bill BrufordにバンドにIan McDonaldを加えようと提案されますが、アルバム発売後にRobert FrippKing Crimsonの解散宣言をしてしまいます。Ian McDonaldはがっかりしたことでしょう。

・Greg Lake

Epitaph (1997)発売時に、オリジナルメンバーで再結成を打診されましたが、Robert FrippBassGreg Lakeを外してJohn Wettonにするなら考えると答えました。軌道に乗り始めたオリジナルKing Crimsonのツアー中に、Keith Emersonと意気投合してEL&P結成を目的にKing Crimsonを脱退したのが許せなかったのかもしれません。

・Michael Giles

King Crimsonを脱退して自由になったMichael Gilesですが、Ian McDonaldとの共作アルバムを『McDonald & Giles 』(1971)を作った以降はパッとせずにKing Crimsonに戻りたかった可能性が大きいかったと思われますが、Robert Frippから声をかけられません。実際にSylvian & Frippのオーディションに参加したりと接近しますが、却下されています。

・Peter Giles

Giles, Giles & FrippからKing Crimsonへ変わる際に、プログラマーを目指して脱退しますが、2ndアルバムの『In The Wake Of Poseidon』 (1970)の作成に呼ばれたのに、King Crimsonのメンバー扱いになっていません。

・Ian Wallace

Robert Frippと喧嘩別れ同様に脱退しましたが、King Crimsonへの思い入れが強かったと思われます。King Crimsonの曲をJazzアレンジしたユニットKing Crimson Jazz Trioとして『King Crimson Song Book Vol.1 (2005)『King Crimson Song Book Vol.2』 (2009)を発売しています。

・David Cross

70年代のKing Crimsonは段々とヘビーな音になってきて、Acoustic Violinでは太刀打ち出来ないストレスから、Melotronを弾くケースが増えてついに脱退してしまいます。『Starless And Bible Black』 (1973)では全面参加していますが、ゲスト扱いになっています。また、70年代King Crimson解散後に発売されたライブ盤の『USA』 (1974)ではViolinパートを全てEddy Jobsonに差し替えられています。その後もRobert Frippから声はかけられませんでしたが、David Crossから接近してようやくDavid Cross & Robert Fripp名義で『Starless Starlight 』(2015)のインプロビゼーションアルバムを作成しました。

・Bill Bruford

90年代King CrimsonRobert Frippの提案でローランド製V-Drumを導入しようと提案されましたが、頑なに拒否してバンドを脱退します。その後はBill Bruford’s Earthworksを中心に活動をしていましたが、60歳を迎えてミュージシャン引退宣言します。2014年に復活したKing CrimsonはトリプルDrumだっただけに、自分がいればもっとアイデアが出せたと後悔していたのではないかと思われます。

・Trey Gunn

『Power To Believe』 (2002)のツアー終了後、Tony LevinKing Crimsonに復帰するのを知り脱退します。その前にEddy Jobsonが作った新バンドUKZへの参加が決まっていたのかもしれません。しかしUKZはメンバーの多忙さがあってミニアルバム『Radiation 』(2009)を発売しただけで活動休止になりました。King Crimsonを脱退しなければよかったと思っているかもしれません。今はThe Security Projectという『Peter Gabrie IV 』(1982)の30周年記念のトリビュートバンドをやっています。

・Adrian Belew

2008年に復活したKing Crimsonの先行ライブで手応えを感じたRobert Frippが、そのライブ盤発売とスタジオアルバム制作、世界ツアーを提案しますが、自身のバンドAdrian Belew Power Trioのツアーがあると言ってしまったばかりにRobert Frippが激怒しライブ盤発売は中止に。その後のスケジュールも未定になり、またKing Crimsonは眠ってしまいます。その後にRobert FrippA King Crimson ProjeKctとして『A Scarcity Of Miracles』 (2011)を作成しますが、このユニットがKing Crimsonになることは拒否しています。その後に『Power To Beleve』 (2002)の版権問題でユニバーサルとの訴訟問題に打ち込むためにミュージシャン引退宣言をします。その間にAdrian Belew Power TrioStick Menの合体バンド、The Crimson ProjeKctを作ってRobert Fripp復帰を待っていました。このバンド名はRobert Frippが命名したものです。ユニバーサルとの訴訟も和解となって、Robert Frippは引退を撤回してKing Crimson再始動を始めます。そのメンバーにはAdrian Belewの名前はありませんでした。Adrian Belew曰く、『Happy With What YouHave To Be Happy With』(しょうがない)

・P.J.Crook

97年以降、King CrimsonProjeKctシリーズのジャケットデザインを手がけた画家ですが、契約が切れたのかジャケットデザインのポジションから外されてしまいました。

・Bill Rieflin

言わずとなかれ、もっともっとKing Crimsonでプレイしたかったでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

まだまだRobert Frippに断られた人や、悔しい思いをした人が多く存在すると思います。尚、本記事は私の推測する部分が多少ありますので、正確では無い可能性があります。

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