中期YMOの衝撃作、BGM、Technodelic

世界ツアーを2回と国内凱旋ツアーを敢行したYMOですが、次の作品は衝撃作となりました。コンセプト的には、ミーハーファンを切り離す的な内容で、大ヒットした『Rydeen』『Techno Polis』を期待していたファンは、ちょっと違うなぁとここからYMOから離れていった人が多くいました。しかし新たなファンも付いたのも確かです。暗くて重たくヨーロッパ的な音が並んだ2枚のアルバムが衝撃作でもあり、問題作でもありました。そんなYMOの中期の2作品、『BGM』『Technodelic』を取り上げました。

BGM (1981)

BGMとはBack Ground Musicの略ですが、とてもBGMとは思えない暗くて重たい曲が並んでいました。この頃の細野さんと教授の仲は最も険悪になっており、レコーディングではスタジオでは1回も顔を合わさずに別録りだったそうです。

このアルバムは、YMO初のデジタルレコーディングで録音された作品です。デジタルは便利で、テンポを変えても音程は変わらないのです。そのため、曲の時間が2曲以外全て同じ長さでした。違った2曲も同じ曲の長さで遊び心がありました。LPの帯裏には、『5歳以下の方と65歳以上の方は、音を小さめにしてお聴き下さい』と書かれていた記憶があります。音を大きくして聴くと、うつ病のような症状が出てしまうとラジオで細野さんが言っていた記憶があります。デジタルレコーディングであまりにもクリアーすぎると細野さんが気に入らず、一旦アナログレコーディングしたものをデジタルMTRにダビングしたそうです。また、当時デジタルレコーディングをすると、エラーノイズを発生することが多くあってアルバム中にノイズらしき音がそのまま録音されています。

暗くて重たい曲が多いのですが、作曲の方は抜かりはありません。各人の影響を受けた音楽を持ち寄ったすごい曲が並んでいました。しかし教授は細野さんへの反発があって、『千のナイフみたいな曲を作って欲しい』という細野さんの要望に応えず、そのまま派手はキーボードアレンジにした『千のナイフ』を収録したり、教授のソロシングルB面に収められた『ハッピーエンドを無機質なアレンジにして収録したりしました。まともに作ったのは『音楽の計画』くらいでした。最後の曲『来たるべきもの』は、松武秀樹のソロ『無限音階』をモチーフにして作られた曲で、上昇音と下降音が同時になっているが、耳の錯覚を利用して永遠と音が上昇するように聴こえる曲です。初めて聴いた人は『何だこれ?』と意味が分からなかったと思います。私もそうでした。

1、Ballet / バレエ

2、Music Plant / 音楽の計画

3、Rap Phenomena / ラップ現象

4、Happy End / ハッピーエンド

5、1000 Knives / 千のナイフ

6、Cue / キュー

7、U.T /ユーティー

8、Camouflage / カムフラージュ

9、Mass / マス

10、Loom / 来たるべきもの

Technodelic (1981)

テクノ+サイケデリックを掛け合わせて作ったタイトルで、『Technodelic』と名付けられました。YMO初のサンプリング音源を使ったアルバムです。自然界の音や工場の音、人の声などを録音してキーボードに割り振って発信させる技術が使われました。しかし前作のデジタルレコーディングのエラーノイズを嫌って、アナログレコーディングに戻されました。

民族音楽も引用されており、インドネシアのケチャや、ガムランの掛け声がモチーフになっている曲もあります。教授はこの頃に韓国取材に行っており、そのまま韓国を主題に置いた『京城音楽』が収録されています。この曲は、日本統治下の朝鮮におけるソウルを表現しています。教授は左寄りだと言われていますが、この頃からそうだったのでしょうか。

1、Pure Jam / ジャム

2、Neue Tanz /新舞踊

3、Stairs / 階段

4、Seoul Music / 京城音楽

5、Light In Darkness / 灯

6、Taiso / 体操

7、Gradated Grey / 灰色 (グレイ)の段階

8、Key / 手掛かり

9、Prologue / 前奏

10、Epilogue / 後奏

2度目の国内ツアーWinter Live 1981

サポートメンバーは松武秀樹のみになって、ライブでは初めてMTRを使用しました。また高橋ユキヒロはドラムの他にスタンディングドラムやキーボードをプレイしたり、教授はギターでノイズを出したり、ドラムを叩いたりと面白い試みが導入されています。細野さんは生のエレキベースを弾くことが多くなったためか、テクノでありながらグルーブ感がかなりありました。もちろん『BGM』『Technodelic』の曲が中心になったセットリストでした。

このライブを持って、YMOは解散予定でした。しかしレコード会社の契約で解散は先延ばしになります。そんな状況なので、このライブで一時活動休止となりました。メンバー各人はソロ活動に移行して、次にYMOが集まった時は解散のための集まりと暗黙の了解となっていたようです。

このWinter Live東京新宿コマ劇場での映像が、DVDBlu-ray化されています。

YMO、その後

その後は、歌謡曲路線に行って『君に胸キュン。』の大ヒットがあったり、最後のアルバムでは三宅裕司率いるスーパーエキセントリックシアターとのコラボレーションを収録したりして解散(正式には散解)したのですが、10年後の1993年にメディアに再結成があるのでは?と噂になって再結成します。しかしこの再結成はメンバーが望んだものではありませんでした。1枚のアルバムを残してまた活動休止状態になります。その後2002年に細野さんとユキヒロはスケッチショーを結成。このスケッチショーにゲストに教授を呼び、わだかまりがなくなったのかYMOでは無くHuman Audio Spongeとして活動します。YMOとは別物としながらも、2007年にカタカナ表記でイエローマジックオーケストラとして、『Rydeen 79 / 07』を発表します。YMOは登録商標されていて使えなかったという理由もあります。その後はHuman Audio Spongeの頭文字のHASYMOをくっつけてHASYMO(ハシモ)として活動し、ついにYellow Magic Orchestraとして復活しました。

現在は活動は止まっていますが、各人のソロでゲスト参加したりと交流しています。これからもどんどん活動して欲しいバンドです。

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